塾長blog更新『2022年度受験用『近畿の高校入試』国語 論理的文章 標準問題 その1』
2021/08/12
久々の更新です。
さて、今年ももう夏休みかぁ~と思っていたら、あと3週間で始業式、その翌日には第2回実力テストです。附中は夏休みが短いのでね。短い割には、『近畿の高校入試』をはじめとして、たくさん宿題が出ていますが、附中生のみなさん、宿題は進んでいますか?
去年同様、今年も『近畿の高校入試』の「論理的文章」の要約を順次紹介します。勉強の参考にでもなればと思います。
文章を書く練習として、また、読解力をつける上で、要約するのは効果的ですので、(他にやらなければならないことが多くて大変でしょうが、)ぜひみなさんもチャレンジしてみてください。
その場合に気を付けるべきことを少し書いておきます。
- 一文には一つのことを書く。
- 一文はできるだけ短く。(もちろん、長いのがいけないのではありません。「できるだけ」簡潔になるように、ということです。)
- 主語・述語を常に意識する。(主語は書かないことが多いのですが、書かない場合でも意識はすること。)
- 語と語の修飾・被修飾関係を明確にする。
これは要約の際の留意点というよりも、文の書く上での注意点ですね。中学生に限らず、難関国公立を目指そうかという高校生でも、小論文や記述式問題の答案で、思いついた複数のことがらを次々とつなげて、長い文を書いていることが少なくありません。句読点無しで数百字を書き切る猛者もいます。そんな場合、たいてい、途中で主語が変わっていたり、修飾語と被修飾語の係り受けがよくわからなくなっていたりしています。こういう文、記述式の問題が苦手という人に多いのではないでしょうか? 心当たりのある人は、上のことに注意するだけでも、かなり文章のわかりやすさが改善しますよ。
では「論理的文章 標準問題」の前半です。出典は、今年の宿題になっている、「2022年度受験用」です。はじめに段落ごとの要約、その後に全体の要旨をまとめています。
1
- 思考を深めるには、自分に引き付けて考えることが大切だ。
- 「自分の場合」「自分だったら」と考える。
- たとえば『星の王子さま』なら、自分にとっての「バラ」や、「狐」の意味を考える。
- 王子さまは自分の星に一輪だけ咲いたバラを世話していた。バラの気まぐれな態度に振り回されて星を出た王子さまは、いくつかの星を遍歴して地球にたどりつく。地球で何千本ものバラを見て、一輪のバラが実はありふれた花だったことを知って悲しむ。
- そこへ狐が来た。王子さまは狐との対話を通じて、あのバラは世界に一つしかないとわかる。
- 狐は、王子さまに、バラをかけがえのないものにしたものは費やした時間で、大切なものは目に見えないという秘密を教える。
- 作者が作品に込めたメッセージを読み取ろうとするのが読解だ。
- 例えば、絆のように目に見えない価値に気付くことで、人生を豊かにすることができる、とうようなメッセージを伝えているのではないか。
- もう一歩自分に引き付けて考える。たとえば、自分にとってのD(狐)とは誰なのか。
- このように考えることで、物語の「深み」が見えてくる。
- 本を読んでいてはっとする部分には、きっと自分の経験とつながりがあるはずだ。
- はっとしたところを忘れないために、メモすることを勧める。メモしておけば、あとから思考を深める手掛かりになる。
〔要旨〕
文章を読んで思考を深める際には、自分に引き付けて考えることが大切だ。そうすることで、作者が作品に込めたメッセージを読み取ることができるし、物語の「深み」が見えてくる。本を読んでいてはっとする部分には、自分の経験とつながりがあるはずだ。このことを忘れずにいて、あとから思考を深める手掛かりとするために、メモをすることを勧める。
2
- 論説文とは、書き手がどう思うのかを述べる主観的な文章である。意見であるから、オリジナリティ(独自性)が必要だ。理想を言えば、読んだ人が「今まで気がつかなかったが、その通りだ」と納得してくれるようなものだ。
- オリジナリティがあっても、説得力がなければ、独りよがりの意見になってしまう。読んだ人が納得してくれるように努力をする必要がある。
- 論説文に説得力を持たせるためには根拠が重要だが、根拠だけでは十分ではない。それはなぜか。
- だれもが認定できる情報としての客観的事実を根拠とするとしても、今度はこの客観的事実が本当に議論につながっているかが問題になる。その保証を論拠という。
- たとえば、「この薬はいい薬だ」という主張は、ただの意見であって、これだけなら、表現を変えて、どんなに言葉を尽くして述べ立てても、説得力は無い。
- 有効な成分を含んでいるとか、試験機関が効果を認定しているとかの客観的事実があれば、主張の根拠となり、みんなに受け入れられる。
- しかし、⑥だけでは十分ではない。成分や試験機関、評価内容などについて、検討すべきことがある。「この薬はいい薬だ」ということを示すには、根拠としての事実と、それが主張につながるという論拠が必要だ。
- 「いい」ということをどう考えるかということもある。副作用があるとか、あまりにも高価だとか、さまざまな観点も含めて考える必要がある。
- あることを主張する場合、自分に対して意地悪な見方をしてみて、本当にそう主張できるのか点検してみるといいかもしれない。
〔要旨〕
論説文に説得力を持たせるためには根拠だけでは十分ではない。客観的事実を根拠とするとしても、これでは不十分である。根拠としての事実と、それが主張につながるという保証、すなわち論拠が必要なのだ。その論拠も、さまざまな視点からの検討が必要である。主張する際には、自分に対して意地悪な見方をしてみて、本当にそう主張できるのか点検してみるといい。
3
- 動物行動学で動物の行動について考えるとき、いつも取り上げられるのが、その行動が生得的(遺伝)か、後天的(学習)かという問題である。
- ①(生得的か後天的か)の議論にいちばん大きな影響を与えているのは時代の感覚で、それほどA(理論的)に話が進んでいるわけではない。
- 日本では戦前は生得的説が主流だったが、戦後、後天的説に変わった。
- 進化論が脚光を浴びてきたころで、③のような議論もすっと受け入れられた。一般の人々も、我々人間の勉強が足りないのだと思うような時代となった。
- 昆虫の本能も、生得的なものではないのではないかと主張する研究者もでてきた。
- 当時はそう(後天説的に)考えなくてはいけないのかもしれないと思った。
- 戦後しばらくは、世界的に、いきものの行動は周りの環境によって変えられるという風潮が続き、本能があるといういい方はおかしいといわれた。
- (Ⅰ:しかし、)近年は再びいきものには本能の部分があるのではという話になっている。
- 遺伝か学習かの問題は、振り子のように揺れをくりかえしている。
- 全段落のような議論のおおもとは戦争だと思う。
- 行動が生得的か後天的かということは、我々全員の身のふり方(問六)に関わってくる。
- 人間はもともと戦争するようにできているのか、それとも、正しい考え方と環境の中にあれば戦争は起きないのか。
- 全段落の問いが(B:現実的な)問いだろう。
- みんな戦争はないほうがいいと思っているのに起こるのはなぜか。
- 学習が足りないからか、本来なくならないものなのか。
- 絶えずそんな議論をしながら戦争をしてきている。
- 動物行動学にも、人間のその後のあり方に返ってくるものがある。
- 誰も好まない戦争が起こるという問題にどのような態度をとるか、それがいきものの行動を研究することに感心が集まる背景だろう。
- ほんとうに人間は戦い合うことをやめられないのか。
- 人間は本来戦ういきものではなく、状況によるらしい。また、戦わないことがよい結果につながらないこともある。
- 現実は複雑なのではないか。
- (Ⅲ:だから、)動物行動学では、人間はどういうものと定義するのではなく、行動によっていろんなことが起こるから、行動を研究しなくてはならないと考える。
- 生得的、あるいは後天的になる条件を詳しくしめすために、遺伝か学習かを問題にする。
- 昔は、学問とは結論を出すものだと思われていたが、今では、結論にいろいろな条件や理由がついてきて、それをていねいに探るのが学問だというように変わってきた。
- それは、人間の見方を変えることにもつながった。今の学問は、答えが見えなくても探ることに意味がある。
〔要旨〕
動物行動学で動物の行動について考えるとき、その行動が生得的(遺伝)か、後天的(学習)かが問題になる。それは、生得的、あるいは後天的になる条件を詳しくしめすためだ。学問とは結論を出すものではなく、結論に付随する様々な条件や理由をていねいに探るものである。学問では、答えが見えなくても探ることに意味があるのだ。
4
- 知性が人間をつくりだしたという説に疑問をもっていた。
- 他の動物と能力を比較すれば、むしろ人間はきわめて弱い生き物として生まれた。
- その上、繁殖力もそれほどではない。
- 弱くて繁殖力もそれほどではない人間は、「多様な関係」をつくりだすことで生き延びようとした。自然や人間同士のあいだで多様な関係をつくることが、人間を人間たらしめた。
- 関係をつくるために、ときに道具が必要になった。人間は道具をもつことにで自然や他の人々との間に多様な関係を築き、次第に文明を築いていった。
- この仮説が正しければ、多様な関係をつくることは人間の本質であって、関係を否定することは人間の自己否定ということになる。
- 今日、コミュニティを形成することの重要さが語られ、その再建や創造が、社会の共通目標を示す言葉となっている。
- だが、今日のコミュニティ論では、コミュニティを、コミュニティが失われたことによる問題を解決するための道具、手段として位置づけていることに疑問を感じる。関係を結びながら自らをつくりだしていくという人間の本質を失った人間が、自らを破壊し始めていると考えた方がよいのではないか。
〔要旨〕
人間は、お互いや自然との間に多様な関係をつくりだすことで生き延び、文明を発展させてきた。多様な関係をつくることは人間の本質であって、関係を否定することは人間の自己否定といえる。今日、コミュニティ形成の重要さが語られ、その再建や創造が、社会の共通目標を示す言葉となっている。しかし、そこではコミュニティを、コミュニティ喪失による問題解のための道具、手段として位置づけていることに疑問を感じる。コミュニティの喪失は、人間の本質を失った人間が、自らを破壊し始めていることを示しているのではないだろうか。
5
- 子どものころから忘れてはいけないと教えられ、忘れたといって叱られてきたので、忘れることに恐怖心をいだいている。
- 知識を与え、ふやすのを目標としている学校が忘れるな、覚えろというのには理由がある。試験をして調べもする。試験の点はいいにきまっているから、みんなしらずしらずのうちに、忘れるのをこわがるようになる。
- 教育程度が高く、頭が優秀なことは、記憶力の優秀さとしばしば同じ意味をもっている。
- ここで、われわれの頭をどう考えるかが問題だ。
- これまでの教育では、頭脳を倉庫のようなものと考えてきたため、知識の蓄積をよしとしてきた。
- 蓄積が目的だから、忘れていないかテストして確認する。
- 倉庫としての頭をもつこと、すなわち博識であることに、コンピューターという、おそるべき敵があらわれた。
- コンピューターの出現と普及によって、頭を倉庫として使うことに疑問がわいてきた。コンピューター人間は本もののコンピューターにはかなわない。
- コンピューターのできないことをしなければならないので、創造的人間が問題になってきた。
- これからの人間の頭は倉庫の役をはたすだけではなく、新しいことを考え出す工場でなくてはならない。
- 頭の中のものの整理が大事になる。
- 工場内の整理は、作業のじゃまになるものを取りのぞく整理である。
- この工場の整理にあたるのが、忘却である。工場として効率をよくするためには、忘れなければならない。
- これからは、コンピューターには倉庫に専念させ、人間の頭は、知的工場に重点をおくようにすべきだ。
- それには、忘れることへの偏見を改める。そして、忘れるのは案外、難しい。
- 頭の中にいろんなことがどんどん入って来て忙しい状態だと、頭が働かない。
- 人間は、自然に頭の中を整理して、忙しくならないようにしている。
- 睡眠である。
- 眠っているあいだに、頭はその日のうちにあったことを整理している。
- 朝目をさまして(C:気分爽快)なのは、頭の中が整理されて、広々としているからだ。
- 朝の時間は、頭の工場の中が整頓されて、思考にとっては黄金の時間だ。
〔要旨〕
従来は頭脳を倉庫のようなものとして考えてきたため、知識の蓄積が重視された。しかし、コンピューターの出現と普及によって、知識の蓄積にあまり意味がなくなった。これからの頭脳は、新しいことを考え出す工場であるべきだ。そうすると、頭の中の整理作業としての忘却が大事になる。忘却によって頭の中を整理することで、効率的に創造的な仕事ができる。そのためには、忘れることへの偏見を改める必要がある。
6
- 植物が花を咲かせるのは、昆虫を呼び寄せて受粉させるためだ。だから、風媒花である裸子植物は花びらで修飾する必要がなく、むしろ花粉を大量に生産する。
- スギやヒノキなどの裸子植物が大量の花粉をまき散らして問題となるのは、裸子植物が風媒花だから。
- 裸子植物から進化した被子植物も、もとは風媒花だったが、子房が発達すると同時に虫媒花が発達した。
- 昆虫は、花粉を餌にするために花にやってきた。
- 花粉を食べにやってきた昆虫に付着した花粉が、昆虫が他の花を訪れた時に偶然その雌しべに付着する、ということで花粉が運ばれた。
- 昆虫に花粉を運ばせることができれば、風任せの送粉方法にくらべれば効率がよい。そのため、生産する花粉の量をずっと少なくすることができた。
- そして、花粉生産を節約した分のエネルギーで、昆虫を呼び寄せるために花びらを発達させ、甘い蜜や、芳醇な香りも用意した。こうして、美しい花が誕生した。
- 花が劇的に進化できたのは、子房をもった被子植物が、世代更新のスピードを早めることに成功したからだ。
- 昆虫と植物の共生関係の進化の過程で、最初に花粉を運んだのは、コガネムシの仲間だった。
- コガネムシはけっして器用な昆虫ではなく、植物との共生関係も、どこか不器用でスマートさに欠ける。
- 花が発達するにつれて、花から花へ華麗に飛び回るチョウやハチなどが進化を遂げた。
- チョウの体には花粉がつきにくく、花にとっては花粉を運ばずに蜜だけ吸う蜜泥棒だ。
- ハチは植物にとって、最良のパートナーだ。社会性のあるハチは家族を養うために忙しく花から花へ飛び回るから、それだけ花粉も運ばれる。
- (B:しかも)ハチの仲間は花の色や形を認識して、同じ種類の花を飛び回るから、花の受粉にとっては効率が良い。
- そのため、植物は花を美しく装飾し、たっぷりの蜜を用意して、ハチを誘っている。
- しかし、ハチのために用意した蜜をねらって他の昆虫も集まる。どうすれば、ハチだけに蜜を与えることができるか。
- あなたが植物だったら、どのような工夫をするだろう。
- 高校や大学は、受験生を集めるためにあの手この手で魅力を発信するが、望む生徒を選ぶためにテストを行う。
- 植物も(⑱と)同じだ。
- 植物はハチを選ぶためにテストをすることを考えた。花の奥深くに蜜を隠し、花の形を複雑にして簡単には密にたどりつけないようにした。そして、蜜のありかを示す目印となる蜜標をつけて、頭の良い昆虫だけが蜜にたどりつけるようにした。
- ハチは花の中に潜り込み、後ずさりして出てくることができる。他の昆虫には、後ずさりするという動きがなかなかできない。
- 花とハチとがお互いに進化を遂げる中で、花の蜜を吸うハチと、ハチにだけ蜜を与える花が発達したのだろう。
- しかし、結果として、花はハチだけが潜り込みやすい形になり、ハチは花に潜り込みやすい形になっている。
- すると、ハチが同じ花だけを選んで花粉を運ぶ理由も見えてくる。
- 植物のテストをクリアしたハチにとって、同じ種類の花は過去問と同じ問題を出題する入学試験のようなもので、だからハチは同じ種類の花へ飛んでいくのだ。
- 花もハチも利己的に、自分の都合の良いように振る舞っているだけだが、お互いに損することなく、お互いに得するようなしくみを作り上げている。それが、人間の目には助け合っているように見えるのだ。
- 自然の営みというものは本当にすごいものだ。
〔要旨〕
ハチは頭が良く、花の色や形を認識して、同じ種類の花を飛び回るから、受粉の効率が良い。花粉を昆虫に運ばせる虫媒花にとって最良のパートナーだ。そこで、進化の過程の中で、花はハチだけが潜り込みやすい形になり、ハチは花に潜り込みやすい形になっている。花もハチも利己的に、自分の都合の良いように振る舞っているだけだが、それが、人間の目には共生関係と映る。自然の営みというものは本当にすごいものだ。